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本当はゆっくりできるほど

余裕なんて無いんですよね。自分で学費ださなあかんし、節約もしていかなきゃいけない。家計もやばいんです。

お小遣いはもらってないし、かといって欲しいかといえば別にいらないんですが…。僕に入ってくるお金は身内に寄付していますんで、実際のとこ僕は文無し。たぶん必死こいてお金稼ぐべきなのかもしれません。

でも自分が自分でなくなってしまうような、自分の一線を越えてしまうような気がしてしまい、自分を偽るのなら死ぬ方がいいかなあなんて思ってる。

今の学生に足りないのは覚悟なんじゃないかなあと。生きるために生きてるだけで、現実に屈しているようで。

どんな理由があろうと、どんな現実が待っていようと、それは貫かなければいけないもので、信じて守りとおすものだと思うんです。

それが例え家族のためだという理由でも同じです。なぜ自分はその状況になる前にしっかりやってこなかったのかと、僕だったらその状況でそう責める。決して家族は重荷ではない。

現実を知ったふうに思っている学生は多くて、それでもどこか甘いところがある。現実はその何倍も厳しいと思うよ。多くの人は自分の限界を設けて、それで精一杯だと思い込んでる。限界なんてもんはそう無い。

あきらめるのはいいけれど、それは逃げたという意識ではなく判断したと思っているとこも甘い。才能なんてもんは無くたって頂点は無理かもしれないけれど、ある程度までは誰だっていける。

無理だってんならそりゃたぶん自分の経験から通しての判断だろう。でも限界を設けてきた自分の経験からそれを判断しちゃいけないと思う。


100mで9秒出せってんならどんなに努力したって無理な人が多いと思うけど、それだけの理屈で全てを言い表すのはどうかと感じる。

要は自分はどこまで本気でやれるかであって才能は二の次です。その本気にも限界を設けてて、そうなったらどうしようもない。

本気の限界なんて自分で作っちゃいけないよ。普通の人が耐えられないようなことでも耐える覚悟があるか。だいたいは普通の人が耐えられないんだから自分も妥協して構わないって正当化するだろうね。ていうかそういう人ばかりだった。

そういうもんなんかなあと。

別にずっと前から知ってたけれどでもどこかで信じてた。きっと表に出さないだけだって思ってたけれど、今のところ希望は持てないなあ。

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