Home > 読書の日 > 定方晟『空と無我』

定方晟『空と無我』


定方 晟 / 講談社(1990/05)
Amazonランキング:192765位
Amazonおすすめ度:

ついにその道に手を染めたかこんちくしょう。初めての人はもうこんなところこないぜと言われそうな、そんな本をご紹介。

僕が興味本位でこのような本を買うことはしません。感想書けといわれたので仕方が無く購入し、読みました。

なんか僕速読できるんじゃないかとふと思い、速読を実践してみました。ふはははは!といいながら読みましたが、無理でした。

宗教本を初めて手にとった人間が速読できるなんて人は頭の回転がブッタなんでしょうね。


宗教というのはどうも哲学みたいです。ただ、言葉に固執しているようで、そんなこと定義して何してえのよと思いました。

人間を定義するなんてつまらないですよ。


空と無我。空と無との違いは、モノがそこにあるかないか以前の状態を言う。無とはそこにモノがあるからこそ表せるものだと、言っていたような気がする。

たとすると地球ができる以前は無の状態ではなく空の状態だといわなければいけませんね。

いや、宗教の上での話だから、こういうことに当てはめるのはよくないかな。


とりあえず空と無は読み解けていないからもしかしたら違うかもしれないけど。


空はたぶん"くう"と読むのか。

空とはその空間にモノがあるかの有無以前の状態。だから、たとえばそこに携帯があるからこそ無い、つまり無だとあらわすけど、空はその空間に存在する以前のことをさす。


それがなんなんだといえばその通りなのですが、それを心に当てはめると無と空の違いは大きいなと思いました。

無我の境地とかいうもんだけど、もともとは無我じゃなかったんだね。


空の境地とかいったら人間じゃないよ。


それから以前に僕が疑問に思っていたことをこの本にも書かれていた。以前僕は言葉の定義に固執していて、執拗なまでにその言葉はどういうものなのか定義していました。

でも言葉というのは人間が作ったものにすぎず、自然界を言葉で表すなどなんと愚かなことかと感じました。言葉にとらわれた自分はバカだと悟りました。

人の感情を数行で表すなんて失礼です。言葉は言葉にすぎず、それにとらわれることはあほじゃないかと思っていました。

言葉は言葉にすぎない。信用すべきは言葉ではなく行動であると思っています。

この空と無我にも言葉に関することが書かれていますが、速読わははは!とみてしまったからバカやりました(汗

二度目を読むのは気力がいるのでひまなときに確認しようと思います。


宗教は別に敬遠すべきものではないし、人格の基準ともなるもので人を育てるのには良いかもしれない。無宗教は結構特別だと思う。

ガキのころからたたきこまれればそれの影響を大きく受けることは間違いないけれど、その生き方を選択するかどうかはその人次第です。

その選択をしようと思えるところまでいくのに時間がかかると思いますが。

宗教と聞くとうえーと思う人ばかりだけど、僕は如何わしい宗教意外なら別に良いと思いますよ。人として見習うべき教えもあります。


ただ宗教者になることは無理ですね。自分が苦しかろうが楽しかろうがどうでもいい。だから損したらしたで仕方が無い。地獄に落ちて苦しむのならそのとき後悔するだけで、それだけのことだと思います。

神が暇で仕方がなくこの世界を作ったんなら、そこまで真剣に生きてやろうとは思いません。できるかぎり人生を軽くみながら生きてやろうじゃない。

Home > 読書の日 > 定方晟『空と無我』

Search
Feeds
Access

Return to page top