- 2007年7月16日 20:11
- てけとー日記
ふんだりけったりなきっつらにはちの犬も歩けばぼうにあたるさるも木からだいびんぐ。悪いことは続くものですね。
哀れみの言葉は嫌だから、ここが地震にあったときどうするか考えた。
まず水は大丈夫。もしそこがダメになったときは、川の水を蒸留するか、できなければろ過しなければいけない。
ある程度きれいであれば大丈夫だから、ろ過の仕方がカギになる。ジャンルで生きる知恵を発揮してもいいけれど、ここの水はジャングルより汚いと思う。
だからろ過の仕方を考えよう。
まず服を利用したろ過の方法がある。ペットボトルかなんかに衣服をつめて、そこに水を入れて垂れ流す。下までいったときには少しはきれいになってるはず。
服の繊維というのは普通の網なんかよりだいぶきめ細かいから、なるべく固めで頑丈の結びの衣服を選ばないといけない。
水はすぐそばにあるからいいんだけど、飲み水にできるかどうか。上流の人達がいろいろ垂れ流さないはずが無いし…。蒸留してたらきりがない。
どうにかろ過装置買うのもなんだし。あのお風呂の水をすいあげるときのフィルターを新しいのにして、それで水をろ過できないだろうか?
殺菌が必要でしょうか。んー、日光にさらす?それか熱するしかないか…。
でも、ろ過装置でも水を殺菌しているんだろうか?もししていないんだったら、そういう衣服とかフィルターとか利用しちゃえばいいかもしれないね。
食料に関しては水さえ確保できればなんとかなる。水が無かったらすぐばてるけど、食料がなくっても何十日は生きていける。
垂れ流す法の処理がなかなかきついものがある。幸いなことに母方の実家がぼっとんだから何ヶ月かぼっとんしてしまえばいいかもしれない。
それと山芋とか自然のものがあったから、腹減ったらそれくえばいい。めんどくさいのは家の復旧。つぶれないにしても心配です。
幸いなことに実家の父が自分で家たててるから大工がんばってもらおうか。
何にしてもこんなことを考えたって何もならないというのが地震。過酷なのは想像以上で、体験してこそわかることなんですね。
地震のことについて神戸にいったけれどなんというかくだんねぇなと思った。てめぇら教員はなにやってんだよとつっこむしかなかったです。
自己満足を満たしたときの顔というのはとってもいやらしいなと感じました。
何かやらんといかんな。
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