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経験というのは邪魔なときもある

たとえば、経験を活かすにはその人の精神力とやる気が伴っていないと、なんの意味もない。年をとると気がなくなってくるのは、なんとなく分かってしまうからかな。

100%なりっこない未来をみてしまう。

これをしたらどうなるか、あれをやらなかったらどうなるか、そんなことが経験で分かってしまう。正しくいうと、わかった気になってしまう。

だから本を読まなくなるのかもしれない。

人間はアリストテレスがいたときから、それよりももっと前から何も変わっていない。その時代の哲学者が考えていたことは、現代でも同じように考えているから。

答えがでてないのはそれが答えだからじゃないのかなとも思ったりする。

言葉の格言をいくつか聞いていると、言葉における表現での限界を脱せないことに気づく。言葉以外でどうにか表すとしたら、なんとなく絵がカギなんじゃないかと思ったけどどうでしょう。

それとか音楽。それらには独特の感性が必要だから人それぞれに差がつきますね。


とにかくそれはいいとして、とても経験が今は邪魔で邪魔で仕方が無い。何もやらないってことは、経験がないときよりダメじゃないか。

何もやらないわけではないけど、あきらかに率が下がっていることがわかる。

使いもしない価値観をつめこみ、意味もなく消費するエネルギーで、飽きもせず日常を食いつぶす。今なにやってんだろう。

そうして時間を過ごしたら今だったという人が多いと思う。誰でも変化しようとすればできる。それには精神的なエネルギーが膨大に必要で、年をとればとるほどそれが多くなる。

一種の自己暗示をかけるしかない。自己啓発の本でも紙に叶えたい夢を書いて~なんてよく書いてるけど、あれはただの思い込み。

されど思い込み。自分に酔うしかない。それができないのが普通だと思いますが(笑

気の持ちようというのはなかなかコントロールできるもんじゃない。乞食が近くに住んでるけど、ちょっとしたきっかけで変われるはずなんだけど、できないのはきっと気のもちようだと思う。


どっか放浪しよう…。

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