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司馬遼太郎『坂の上の雲2』


司馬 遼太郎 / 文藝春秋(1999/01)
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正直本を読んで覚えていることなんて少ない。この本で秋山真之も数行ほどしか覚えてないぜとかいってる。「ぜ」←とかいっている。なんだその話し方はー。

なんて思ったけれど、僕なんて本のタイトルぐらいも覚えてないぜ。真之それで十分だぜ。

七つの習慣で覚えていること


原則なんて意味わからん。とりあえず自分の内を高めるということを覚えています。ちなみにそんな言葉はいっこものってない。全部忘れました(笑

小説のこころで覚えていること


友人某かさえ忘れた。Aだったっけ?Yだったっけ?明治の人というのは議論するのが好きらしいという印象はあります。

坂の上の雲1で覚えていること


「レアリティとはなんのことかわからないおれにとって、あるかないかどころのさわぎじゃない」
これはのぼさんの名言だと思う。のぼさんの俳句よりこちらの方が印象にのこっています(笑

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

でもやっぱりレアリティの方がいいんだぜ。

金持ち父さん貧乏父さんで覚えていること


不動産マニアなんですね。何一つとして覚えてない。

人を動かすで覚えていること


結構衝撃的だったけれど何一つ覚えちゃいない。人に興味を持つということはどういうことかは分かったと思います。

めんどくさいからこれくらいで。つまり本を読んでも読んだだけで何も残っちゃいない。

ただ、人というのはそのときに重要な情報以外は蓄積しないらしく、そのあたりがいいことなのか悪いことなのかは別として、そういうもんだなと思って仕方が無くこうしています。

今自分がものすごく大切に思っていることを他の誰かに話していても、「ふーん」ぐらいで終ることは経験したことがあるでしょう。とりわけガキに説教するとそんな反応が多い。みた感じそう思います。

実際僕が説教されても「うるさい」、「しらん」ぐらいの反応しかしないと思う。説教されたことないのですが(汗)、たぶんそういう反応しかしない。

何だこの野郎と思うかもしれませんが、そのときその人にとって重要でないことはその程度の反応しか得られないということですね。

話が巧みな人ともなれば、そんな反応はされないでしょうけど。


話がそれたというか気持ち悪い方向へいきましたが、本の内容を書き出したところで後になって眺めても「なんでこんなの書き留めてんだ」ということになることはわかりきっています。

直すとか直さないの問題ではなくて性格の問題かもしれません。環境やらに左右された性格ではなく、もともとのものだと思います。

だからもうすっぱり忘れるんだったら忘れてしまえば良いし、それで損や不幸があったのならそれも仕方が無い。

という感じです。


そんなことを思っていて、今日この本を読んで頭に残りそうなことが書かれていました。かきがらの話です。

船は長い航海をすると共に、船底にかきがらがつくとか。かきがらというのは港の湾内の壁に貝がよくついているのをみますが、あんな感じのものでしょう。

それによって船は遅くなるとか。経験を積むことによって得られるものもあるが、それと同じくらいかきがらもひっついてくる。

人も同じように経験を積むことによって、同じ分量だけかきがらがひっつく。小説内では固定観念と書かれているけれど、しがらみやらおごりやらといったものも含むんじゃないかなと思います。

かきがらがたくさんひっついたら成長の具合が悪い。も経験がかきがらになって、行動するに無駄なことばかり考えるから何もできない。

多くの人はそういうかきがらが体じゅうにへばりついていて、本来ある能力が発揮されていないんだなぁと。だから何も知らないときほどやる気に満ちていて、行動できる。


自分のかきがらってどういうものなのかそういうことを考えると次に進めるかもしれませんね。


経験を積むことは大切だと思っていたけれどなにかひっかかっていて、こういうときにこの本を読めたから良かったです。


なんて真面目に書いてると赤面するんだぜ。

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