Home > てけとー日記 > 苦労と努力は違う

苦労と努力は違う

「苦労」してるのを「努力」してると思ってる人 http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20071119

ですよね。ただ努力もいらねえよ。

努力して苦労するのと、苦労して努力するのとでもまったく違いますが。

努力して苦労していると思っている人は、真面目すぎる。苦労して努力していると思っている人は努力それ自体が目的になっていてなんのこっちゃ意味がわからないことになる。


こだわりを強く持つ人に多い傾向が、目の前のことに集中しすぎて根本的な部分を解決しようとしない。女性にこだわり云々ではなく普通に多い。別にそれが悪いわけじゃないが効率的ではありません。


これに陥った人の最後の言葉。


「でもがんばったじゃない私たち。」

そうだね。無駄ではない。でも何か違う気がするのだけど。


努力しようが報われず怒る人がいるけれど、それは人を信じやすい人に多い。


「あの人は努力すれば報われるといったけれどそんなことはなかった…」


僕はそう思ったことなどありません。人から報われるとか言われていたけれど、そうだねと相槌を打つくらいです。


努力という言葉は使いやすくて、何かにがんばって取り組めってことがあてはまるのだけれど、プラスαとしてもろもろもの意味も人によっては含まれているから僕はあまり使いたくありません。

努力しても無駄だったということを感じた人は簡単に考えすぎです。何も考えずにがむしゃらにやればなんとかなるなんてことはそうない。


才能のせいにするのはがむしゃらに努力した人より悪い例です。運のせいにするのはわりかし良い(笑

運が悪い=引きが悪い


ということ。自分で動けばそれなりに引きは良くなる。誰だってチャンスはあるけど、動かないから、ただそれだけの理由だと思いますよ。最後の詰めは運だけど、ある程度のとこまでは自分でなんとかなる。

自分という普通の人間ができたからみんなもできるって、何かを特別視する人にしてみれば全否定したくなるような言葉ですよね。


100mを9秒台で走る人にそれを言われたら僕も全否定しますが、例えば英語をネイティブぐらいのレベルにしろって言われたらできなくもないと思う。何年、何十年かかるか分かりませんが。

みんな話しているのだからできないはずはない。バカみたいな屁理屈だけれど、そういうものだと思う。

自分でできるというハードルが低すぎる人はまず、その人が超人だからできているのかどうか判断してみて、誰にでもできるじゃないという意識を持つ練習をしたらいい。


できないことよりできることの方が多いことに気がつくはず。問題はモチベーションでそこに尽きると思います。そこがほとんどの可能性を秘めているから。


リンク先のこととはまったく違う内容になってしまったけれど。にしても寒いです。

Home > てけとー日記 > 苦労と努力は違う

Search
Feeds
Access

Return to page top