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辛いと幸せは紙一重

昔の人は幸せというものについてどう考えていたのか考えてみた。漢字や字そのものには作った人の意図があり、そこに意味が無いわけがない。何も形だけを作ったわけではないだろう。

なぜ一本だけの差なのだ。

というわけで「幸」という字から。

「辛」という字に一本線が加えられたものですよね。

立のところです。

幸と辛は棒一本の違いなのか。

この字を作った人はそれぞれをどう考えたのだろう。
その人の気持ちになってみたら分かるかもしれない。


まずは辛いという字について考えてみる。

立に十と書いて「辛」。

立つとは…。

だめだ面倒orz
その字を分析して調べてできた生い立ちを考えるのはやめよう。


純粋になぜ一本画数を足しただけで辛いから幸せになるのか?
辛いと幸せは紙一重ということなのだろうか?

つまり、

辛いと幸せなんてそうたいした差がない=辛いも幸せもくそもない=山崎邦正でも生きていける

という結論でどうでしょう?

だめだ考えるの面倒。

まあ辛いも幸せもそうたいしたものではなく、
人生においてそれらが全てを占めているわけでもなく、
生きていることでそんなものは棒一本の価値ぐらいしかないのだ。

だから辛いことばかりで悩んでるんだったら、
その辛いっていう字を書いて立つのところに一本棒をたしてみな。
ほら、それだけでなんか、幸せな気分になれるだろ?

なんて言うと思ったら大間違いだこのやろう。世の中それで幸せな気分になれたら苦労しねえよ。

とある晴れた日の、そんな冬の午後の脳内会話より抜粋。

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